夕食を終えて、俺達はそれぞれの部屋に戻った。

窓から見える月は随分と欠けていた。満月のクルーガ狩りから十日だからな。
それでも読書をするわけでもないから、ランプをつける必要はない。俺はベッドに座り、再びシゼを抜いた。月光に照らされたシゼは青白く、神秘的な光を放っている。
確かに。こいつがいきなり話かけてきても、俺は驚かないかもしれない。

…いやいや、恋人にはできないけど。


村中に吊された魔物避けが、風にふかれてカラカラと心地良い音を立てている。
昼は大人も子供もおのおのに動き回って元気だけど、イラニドロの夜は静かだ。
聞こえるのは魔物避けと、隣の部屋からわずかに漏れているティリエの声だけだ。ウォーラと話をしてるんだろう。

ここはもともと、ティリエの兄貴の部屋らしい。今は俺の部屋になっている。俺が目を覚ましたのもこの部屋だった。呆れ顔のティリエも同時に思い出せる。
あの時もこうして天井を見上げてたっけ…

そんな記憶を思い返していた時だ。窓の外に見慣れた顔が見えた。

「おま、ロー…」
「しっ、静かにしろ」

滑るように窓から忍び込んだロードが素早く俺の口を塞ぐ。
「声出すな、ティリエにばれるだろ」
「お前な、何時だと思ってるんだよ」
「この時間じゃないと駄目なんだ」
ロードはそっと隣の壁に耳をつけた。ティリエの部屋は既に静かになっていた。

最高に軽蔑の目を向ける俺なんて気にもせず、ロードは手招きして窓に足をかける。駄目だ、こいつにはガラスに穴を開ける眼力だって通用しないはすだ。
「来いよ、お前の恋人連れて」
「恋人じゃない。お前と一緒にするなよ」
でも正直、寝るにはまだ早いと思ってた所なんだ。俺はシゼをベルトにさしてロードの後を追う。
ロードはひらりと窓から飛び降りた。…ここは二階だぞ。俺は家の前に生えた木に掴まりながら降りた。




「なぁ、どこ行くんだよ」
「森だ森」
「えっ、火打石持ってないぞ」
「クルーガ狩りじゃない」
「じゃあ何なんだよっ」

俺は先を行くロードの腕を掴んだ。足止めされてロードが振り返る。
「宝探しだよ」
宝探し?俺が疑問符を浮かべると、ロードは笑みを浮かべた。

「昨日の晩に、森で遊んでて迷子になったキニーネがトゥイルを見たらしいんだ。親父さんが言ってた」
「キニーネって、麦畑の家の?」
「そう、その坊主だよ」
あのチビすけだな。俺によそ者は出てけとか言って親父に殴られてた奴だ。あの横着な性格なら森で迷うのも頷ける。問題はそこじゃない。

「トゥイルって何だ?」
「え、知らなかったっけか」
「初耳だよ」
「トゥイルは涌き水の妖精だ」
俺の想像したラエブに似た化け物のトゥイルはロードの一言で崩れ去った。なんだ、てっきり退治に来たのかと思った。

同時に花畑で手の平サイズの人型妖精と戯れるロードを想像したけど、そっちは俺が葬った。

「そいつが持つ宝物を探すのを手伝えってか?」
「いやいや、トゥイル自体が宝物なんだよ。絵本なんかによく出て来る有名な妖精で、見ると幸せになれるらしいぜ」

森につくまで、ロードは昔ティリエに聞いた話をし始めた。


『アニティと涌き水の妖精』

アニティは水売り小屋に住む幼い少女で、母親と二人暮らし。山の涌き水を汲んで町で売っていたけど、それを快く思わなかった商人が水源を埋めてしまった。
稼ぎがなくなった上に母親は病気で倒れ、アニティは途方に暮れる。そんなある日涌き水を訪れると、埋められた跡から「助けて」という小さな声が聞こえた。掘り返してみるとそこには水源と一緒に埋められていたトゥイルがいた。トゥイルは礼を言い、「君の家に素敵な涌き水を」と言い残して消える。
翌朝アニティが庭に出ると、端に小さな水源が出来ていた。それをコップに組むと、水はたちまち金に変わった。


こんな話だ。ちなみにこの後商人が何かやらかすんだけど、ここまでがロードの記憶の限界らしい。

「で、そのトゥイルに素敵な涌き水を授けて貰うつもりか?」
「そんないい話あるわけないだろ。見せたい奴がいるんだよ」
「はぁ。いいけど、そういうことは昼に予告してくれよ」
「ど忘れだ、ど忘れ」






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